大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)243号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第三ないし第六号証によれば、本願明細書及び図面(別紙図面(一)参照)には、本願発明の技術的課題(目的)、構成、及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(一) 本願発明は、「入力軸に連結されたインペラー車と出力軸に連結されたタービン車とを有し、流体収容ハウジングおよび独特な相対回転し得る車を含んだ流体動力装置に関する」(本願明細書第三頁第九行ないし第一二行)ものであつて、「第6図に示すような従来の代表的なトルクコンバータにおいては、インペラーおよびタービン装置は対称性を有する。従来装置の正規の流れは実線矢印74で示すようにインペラーI´からタービンT´へ、固定ブレードS´へそしてインペラーI´へもどり点線矢印76で示すように一部分逆流する充満をもたらす。この逆流および逆水頭はタービンブレードT´、特に78で示されるようにその上方部分の回転によつて生ずる。正規の水頭に反対のタービン逆水頭はその回転によるインペラーによつてもたらされる。破壊的な波打力をもたらすこのような望ましくない逆流は部分的な充満状態で従来の流体動力装置の作動を妨げかつそのような装置がすみやかに空或は充満されるのを阻害する。したがつて流体力学的中立および可変動力容量の多くの望ましい態様が実際上の観点から得られなかつた」(同第九頁第一二行ないし第一〇頁第八行)との知見に基づき、これらの問題点を解決することを技術的課題とする。

(二) 本願発明は、前記技術的課題を解決するため、特許請求の範囲(本願発明の要旨)記載の構成(昭和五九年二月六日付け手続補正書三枚目第三行ないし四枚目第七行)を採用した。

(三) 本願発明は、前記構成を採用したことにより、「流体が流れる回路におけるタービンの位置によりまた逆水頭領域に大きな空間があることにより、一般にはいかなる逆水頭もタービンによつて生じることがない。それどころかタービンによつて生じた水頭は、インペラーによつて生じた水頭と方向が同じであつてこの水頭に追加される」(昭和五八年七月二九日付け手続補正書二枚目第五行ないし第一一行)、「正規の流れはインペラーIからタービンTへ空間29をよこぎつて(ブレードが存しない)流回路に流れ、それから固定ブレードSへ、そしてインペラーIへ戻る。このような結果はタービンを流回路中に配置することによつて達成されそれによつて通常の逆水頭の代りに正の水頭がもたらされる。これを達成するのを助長するために、大きなブレードのない空間29が第1図の横断面に示されるように二つの連続部材の間の流路に設けられる。このトラス面積のほぼ五〇%~九五%がブレードによつて占められ逆水頭領域のブレードのない空間は五〇~五%(「一〇〇%」は「五%」の誤記と認める。)の範囲にある。したがつてブレード装置はトロイダル空間の五〇%~九五%にわたつて回転しトロイダル空間の残り五〇%~五%はブレードが無い。故に本発明の流体動力装置は部分的な流体充満レベルで作動可能で破壊的な衝撃荷重をもたらさずにきわめてすみやかに充満或はほぼ空にし得、それによつて流体力学的中立および可変動力容量を与えることができる」(本願明細書第一〇頁第一四行ないし第一一頁第一三行)という作用効果を奏するものである。

2 前記審決の理由の要点によれば、審決は、「本願発明は、第一ないし第五引用例記載の発明及び従来周知の事実に基づいて容易に発明をすることができたものと認められる」としているが、被告は、本訴において、第一引用例記載の発明に本願発明と同様の翼無し通路の比率の点を備えている第二引用例記載の発明を適用して本願発明を得ることは当業者が容易になし得たことである旨主張し、原告もこのことを前提として、前記審決の取消事由において、主として、第一引用例及び第二引用例記載の発明に基づいて本願発明を容易に発明することができるとすることの誤りを主張しているので、本願発明は第一引用例及び第二引用例記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認められるかについて検討する。

第一引用例記載の発明は、本願発明の要旨とする構成のうち、翼無し通路の比率を除くその余の構成を備えていることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第七号証によれば、第一引用例には、右比率についての明示的な記載は存しないことが認められるから、本願発明と第一引用例記載の発明とは、「流体を収容しているトロイド状のハウジングと、この流体を収容しているハウジング内に配置されて入力軸に連結されるようになつているインペラーブレード装置と、前記流体を収容しているハウジング内に配置されて出力軸に連結されるようになつているタービンブレード装置と、固定ブレード装置とを有し、前記インペラーブレード装置及びタービンブレード装置は互いに対してまた前記固定ブレード装置に対して回転可能である流体動力装置において、前記インペラー、タービン及び固定ブレード装置は前記ハウジングによつて提供されるトロイド状の空間のある範囲にわたつて回転させられ、前記トロイド状の空間の残部にはなんらのブレード装置も存在せず、さらに前記ブレード装置が該ブレード装置によつて作用される流体の量を変えるように回転している間に前記流体を収容しているハウジングをからにしたり一杯に満たす装置が配設せられ、それによつて前記流体動力装置が前記ブレード装置によつて作用される流体の量を変えることによつて変えることができる動力容量を有し、また前記ハウジングから流体を迅速に排出することによつて水力学的中立が得られるようになつていることを特徴とする流体動力装置である点で一致し、翼無し通路の比率について、本願発明は「ハウジングによつて提供されるトロイド状の空間の五〇%から九五%にわたつて回転させられ」と限定しているのに対し、第一引用例記載の発明ではそのような限定が存しない点において相違することが明らかである。

そこで、右相違点について検討すると、前掲甲第三ないし第六号証によれば、本願明細書には、本願発明において右相違点に係る構成、特に翼無し通路の比率の数値限定を採用したことについての技術的意義及びこれによつて奏される作用効果については何らの記載も存しないことが認められる。前記1(三)認定の本願発明の奏する作用効果、すなわち「一般にはいかなる逆水頭もタービンによつて生じることがない。それどころかタービンによつて生じた水頭は、インペラーによつて生じた水頭と方向が同じであつてこの水頭に追加される」、「部分的な流体充満レベルで作動可能で破壊的な衝撃荷重をもたらさずにきわめてすみやかに充満或はほぼ空にし得、それによつて流体力学的中立および可変動力容量を与えることができる」という作用効果は、前記一致点に係る構成によつて奏されるものであり、したがつて第一引用例記載の発明によつても奏することのできるものであることは、その構成からみて技術上自明である。したがつて、本願発明の前記数値限定に格別の技術的意義を認めることはできない。

一方、第二引用例記載の発明が右相違点に係る本願発明の構成、すなわち、「インペラー、タービン及び固定ブレード装置は前記ハウジングによつて提供されるトロイド状の空間の五〇%から九五%にわたつて回転させられ、前記トロイド状の空間の残部にはなんらのブレード装置も存在」しない構成と同様な構成を備えていることは、当事者間に争いがない(成立に争いのない甲第八号証によれば、第二引用例に翼無し通路の比率についての記述は存しないが、その第1図(別紙図面(三)参照)には、トロイド状空間内に占める比率が五〇%であり、本願発明の数値限定の範囲内に含まれるものが明示されていることが認められる。)。

そうであれば、翼無し通路の比率が明記されていない点を除き本願発明と同一の構成を備えている第一引用例記載の発明において、第二引用例記載の発明を適用して翼無し通路の比率を本願発明の数値に限定する程度のことは、当業者が容易になし得たことというべきである。

3 前記2の点に関し、原告は、本願発明は、別紙図面(一)第6図に示すような従来の代表的なトルクコンバータにおける点線矢印76で示すように一部分逆流を生じない流体動力装置に限られるところ、第二引用例記載の発明の流体動力装置は右にいう従来の代表的なトルクコンバータではないから、本願発明の対象とする流体動力装置とは異なる、このことは第二引用例に「トロイド状回路の外方周縁輪廓が実質的に梨形である」と記載されていることから明白である旨主張する。

本願明細書には、「第6図に示すような従来の代表的なトルクコンバータにおいては、(中略)点線矢印76で示すように一部分逆流する充満をもたらす」ものであり、これによつて生じる問題点を解決することを技術的課題とする旨の記載の存することは前記1(一)認定のとおりである。

しかしながら、前記1(二)認定の本願発明の特許請求の範囲には、流体動力装置のタイプを限定する記載はないから、原告の右主張は本願発明の要旨に基づかない主張であり、しかも前掲甲第三号証によれば、本願明細書には、「ここに述べた本発明の液体動力装置は横断面が円形のトーラス形状を有するが長円或は長方形などのようなその他の横断面形状も容易に使用され得る。」(第一八頁第三行ないし第六行)と記載されていることが認められ、本願発明は第6図に示すような円形の代表的なトルクコンバータだけでなく、第二引用例記載の発明の装置も含め長円等その他の横断面形状の装置にも適用されることが明らかであるから、原告の右主張は理由がない。

また、原告は、第二引用例記載の発明は別紙図面(一)第6図に示すような従来の代表的なトルクコンバータではないから本願発明の先行技術たり得ないものであり、第一引用例も第二引用例も本願発明の技術的課題を示唆するものでない、しかも本願発明は相違点に係る構成を採用することにより逆水頭を生じさせないようにしているのに対し、第二引用例記載の発明は翼無し通路を採用することにより積極的に流体塊の均衡を生ぜしめているのであつて、本願発明とは反対の知見を開示している旨主張する。

しかしながら、本願発明の要旨とする構成は右第6図に示すような従来の代表的なトルクコンバータに限定されるものでなく、第二引用例記載の発明の装置を含むことは前述のとおりであるから、第二引用例記載の発明も本願発明の先行技術たり得るものである。

また、前掲甲第七、第八号証によれば、第一引用例及び第二引用例には、前記1(一)認定のような技術的課題についての明示的な記載は存しないことが認められる。しかしながら、第一引用例記載の発明は、翼無し通路の比率が明記されていない点を除いて本願発明と同一の構成を備え、かつ同一の作用効果を奏するものであること、本願発明において右比率を前記相違点に係る構成に示す数値としたことに格別の技術的意義が存するとは認められないことは、いずれも前述のとおりであるから、第一引用例、第二引用例に右のような技術的課題についての積極的な開示が存しなくても、第一引用例記載の発明において、本願発明の右数値範囲内の構成を示す第二引用例記載の発明を適用して本願発明を得ることは当業者にとつて格別困難なこととはいえない。

さらに、前掲甲第三号証によれば、本願明細書には、「点線矢印76で示すように一部分逆流(中略)破壊的な波打力をもたらすこのような望ましくない逆流」(第九頁第一七行ないし第一〇頁第三行)、「車の回転によつて生じた水頭が主として増加されかつインペラーの流れに対抗する破壊的な逆水頭をもたらさないように形成されかつ配置される。」(第三頁第一八行ないし第四頁第一行)、「インペラーの回転に因つて生じた水頭に対向するタービンの回転に因つて生じたいくらかの逆水頭が存在するが(中略)従来の装置によつて生じる場合よりずつと少ない」(第一五頁第七行ないし第一一行)と記載されていることが認められるから、本願発明は、「前記トロイド状の空間の残部にはなんらのブレード装置も存在せず」の構成要件を採用することによつて、インペラーの流れに対抗する破壊的な波打力をもたらす望ましくない逆流を生じないようにすることができるが、逆流が全くなくなるというのではなく、発生する逆流の量を従来の流体動力装置よりもずつと少なくすることができるものというべきである。

これに対し、前掲甲第八号証によれば、第二引用例には、「トロイド状回路は他の方法で翼なしとされ、これによつて、一対一の速度比において或はそれより僅かに小さい速度比の場合にトロイド状回路中の液体塊を均衡せしめ」(第一頁右欄第二五行ないし第二八行)と記載されていることが認められ、この記載からその翼無し通路に逆流が生じているといえるが、「液体塊を均衡せしめ」という文言から直ちに第二引用例記載の発明においては積極的に逆流を生じさせているとは理解することはできない。かえつて前掲甲第八号証によつて認められる第二引用例記載の技術内容、殊に翼無し通路の比率が本願発明の数値限定の範囲内であり、この翼無し通路を設けることにより液体塊の均衡を保つていることからみると、第二引用例記載の発明においても破壊的な波打力をもたらす望ましくない逆流に相当する大きな逆流は生じていないとみるのが相当であり、本願発明においても逆流が全くなくなるのでないこと前述のとおりであるから、その相違は程度の問題にすぎず、第二引用例記載の発明が本願発明と反対の知見を示しているとはいえない。

したがつて、原告の前記主張は理由がない。

また、原告は、第一引用例及び第二引用例記載の発明はいずれも梨形装置特有の問題点を解決するため翼無し通路を設けており、本願発明とは翼無し通路を設けたことの技術的意義を異にする旨主張するが、本願発明の要旨とする構成は対象とする流体動力装置を限定していないこと前述のとおりであるから、原告主張の梨形装置も含むものであつて、第一引用例及び第二引用例記載の発明が梨形装置であることを理由として本願発明との相違を主張することはできないというべきである。

4 以上のとおり、本願発明は第一引用例及び第二引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、第三引用例ないし第五引用例記載の技術内容について検討するまでもなく、特許法第二九条第二項の規定によつて特許を受けることができないものであり、これと結論を同じくする審決は正当であつて、審決に原告主張の違法はない。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。

〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。

流体を収容しているトロイド状のハウジングと、この流体を収容しているハウジング内に配置されて入力軸に連結されるようになつているインペラーブレード装置と、前記流体を収容しているハウジング内に配置されて出力軸に連結されるようになつているタービンブレード装置と、固定ブレード装置とを有し、前記インペラーブレード装置及びタービンブレード装置は互いに対してまた前記固定ブレード装置に対して回転可能である流体動力装置において、前記インペラー、タービン及び固定ブレード装置は前記ハウジングによつて提供されるトロイド状の空間の五〇%から九五%にわたつて回転させられ、前記トロイド状の空間の残部にはなんらのブレード装置も存在せず、さらに前記ブレード装置が該ブレード装置によつて作用される流体の量を変えるように回転している間に前記流体を収容しているハウジングをからにしたり一杯に満たす装置が配設せられ、それによつて前記流体動力装置が前記ブレード装置によつて作用される流体の量を変えることによつて変えることができる動力容量を有し、また前記ハウジングから流体を迅速に排出することによつて水力学的中立が得られるようになつていることを特徴とする流体動力装置。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!